この第9回から第11回までの3回に渡り、単体的複体のシェラビリティーという概念について の紹介になります。 このあたりが私の研究の中心で、この紹介を入れることはこの連載の当初からの予定で、 ある意味、ここの部分の記述に必要な関連概念をここまでの各回の中に散りばめてきた、という 意味合いのところもあります。
単体的複体の極大な面をファセットと呼びます。単体的複体はファセットとその面達でできている、 と見るのは自然な見方です。ファセット$F$に対して、$F$とその面達の集合を$\overline{F}$と書きます。 この単体的複体を、ファセットを1つずつ追加することによって組み立てるプロセスを考えます。 つまり、単体的複体$\Gamma$を $$ \emptyset \rightarrow \overline{F}_1 \rightarrow \overline{F}_1\cup\overline{F}_2 \rightarrow \dots \rightarrow \overline{F}_1\cup\overline{F}_2\cup\dots\cup\overline{F}_t = \Gamma $$ のようにファセットを順に加えていく形で作るわけです。
このときに、$i$番目のファセットを追加する際、1~$i-1$番目までとの共通部分が $F_{i-1}$の次元の1つ下の面のみになるようなとき、この構成法、つまり、ファセットの順番を シェリングと呼びます。
(条件は正確に書くと、$\Gamma$のファセットの列$F_1,F_2,\dots,F_t$において、$2\le i\le t$の 各$i$において$(\overline{F}_1\cup\dots\cup\overline{F}_{i-1})\cap\overline{F}_i$が $(\dim F_i -1)$次元の純な単体的複体になるときにシェリングと呼ぶ、ということになります。 ここで、純な単体的複体とは、ファセットの次元がすべて等しいような単体的複体のことです。
例えば下の2次元単体的複体において、(a)の順番はシェリングの例で、その右側に確認している ように、どの段階でも追加する2次元のファセットの1次元下になる1次元の面のみで張り合わされて行きます。 一方、(b)の方はシェリングではない例で、その右側に書いてある$i=2$と$i=4$のところで 張り合わせ部分が1次元と0次元のファセットを持つ形になってしまっています。
単体的複体には、シェリングを持つものと持たないものがあり、 シェリングを持つ場合にその単体的複体はシェラブルであると言います。 上の例では、順番を下手にとるとシェリングにならないけれど、うまい順番にすればシェリングになりました。 しかり、例えば下の例の場合には、どのような順番にファセットを並べてもシェリングにはなりません。 (右側に書いてあるのはうまくいかない一例です。)
上に挙げた例は純な例、つまり、ファセットの次元はすべて等しかったのですが、 順でないものでもシェラブルになります。例えば、次の例はそこに書き入れてある順番でシェリングになります。
この回は、単体的複体がシェラブルだとどのようなよいことがあるか、また、 シェラブルな単体的複体にはどのような例があるか、というようなことを紹介しました。 シェラブルな単体的複体の例としては、 単体的凸多面体の境界複体、マトロイド複体、などがあり、また、 半順序集合から生じる順序複体においては、半順序集合が超可解束や半モジュラー束というようなものの 場合にシェラブルになり、他にも順序複体がシェラブルになるような半順序集合はいろいろ知られています。
特に、順序複体に関しては、半順序のハッセ図の各枝にラベルをうまくつけることによる 「辞書式シェリング」というテクニックがあり、この話も紹介しました。
単体的複体がシェラブルであると、その単体的複体のトポロジーはきれいな構造に制約されることになり、 その性質をよく知ることができます。 その代表例として、(位相空間としての)連結性を調べることができます。 その応用として、第6回第7回でのクネーザー予想の証明のところでまだ紹介していなかった、 クネーザーグラフ$K_{2n+k,n}$が$(k-1)$-連結であることが示せることを紹介しました。 これでようやくクネーザー予想関連の一連の話が完結したのでした。
八森正泰