組合せ数学の雑記帳 第6回

「組合せ構造の中の単体的複体」

この回のテーマは、いろいろな組合せ構造の中に単体的複体の構造が見つかる、ということを 紹介することでした。

単体的複体は複数の各次元の単体が面同士で張り合わせられているもので、トポロジーにおいて空間の 形状を記述するための道具でもありますが、 実は組合せ論の中で組合せ的な構造を調べるときに、それに付随する構造として単体的複体が出てきて、 その性質が手がかりになる、というようなことがあります。 その仕組みは、(有限個の頂点からなる)単体的複体は各単体をその頂点集合に置きかえて得られる集合族 と等価と思うことができ、そのような集合族は部分集合に閉じている集合族と等価、ということです。 そして、部分集合に閉じている集合族、というのはいろいろな場面で登場しやすい構造なのです。

例えば次のような単体的複体があるとします。

これは単体的複体としては、

を構成要素とする集合体として扱われます。(空集合は入れる場合と入れない場合があるが、組合せ構造に関係する 単体的複体を考える際は空集合も加えた方が都合がよいことが多く、ここでは加えています。) 大きい単体の面になっている小さい単体(例えば四面体abcdの面となる三角形abcなど)も構成要素として考えます。

ここで、各単体をその頂点集合の集合で置き換えると、
{ {a,b,c,d},
{a,b,c}, {a,b,d}, {a,c,d}, {b,c,d}, {c,d,e}, {d,e,f}, {e,f,g},
{a,b}, {a,c}, {a,d}, {b,c}, {b,d}, {c,d}, {c,e}, {d,e}, {d,f}, {e,f}, {e,g}, {f,g}, {f,h}, {h,i},
{a}, {b}, {c}, {d}, {e}, {f}, {g}, {h}, {i},
$\emptyset$ }
という集合族になります。 これが部分集合に閉じている(例えば{abc}という集合の部分集合はすべてこの集合族の要素として含まれている)ことは、 単体の頂点の部分集合の張る単体は必ずその単体の面となっていて、それは必ず単体的複体の要素としている、ということ から自然に従います。

このような部分集合に閉じた集合族は(有限の)単体的複体を考えることと等価で、 この集合族自体を「単体的複体」と呼ぶことも多くあります。(通常の幾何学的な単体的複体と区別する際には 「抽象単体的複体」とも言います。)

この回の記事の中では、この部分集合に閉じた集合族としての単体的複体の構造が組合せ的な構造の中に見つけられる ということの例として、グラフのクリーク全体のなすクリーク複体、安定集合(独立集合)全体のなす独立複体、 マッチング全体のなすマッチング複体、また、半順序集合の鎖全体のなす順序複体、マトロイドの独立集合全体のなす マトロイド複体、というようなものを紹介しました。(マトロイド複体については、少し詳しい話もつけられています。)

組合せ的な構造の中に単体的複体の構造が見つかる、といっても、ただ見つかるだけでは興味が半減するかもしれません。
(しかし、見つかるだけでも、数学者としては興味深く、そこから何か特別な結論につながらなかったとしても、 そのトポロジー的性質はどうなってるのかな、などと興味は惹かれるものです。)
この回の最後には、組合せ的な議論の中で単体的複体の構造が活躍した有名な例として、 グラフの近傍複体と呼ばれる単体的複体とグラフの染色数の関係、そして、これを用いて クネーザー予想がLovászによって解決された、という話を紹介しました。 この近傍複体とクネーザー予想の話は次の第7回に続きます。

この回の組合せ的な構造の中の単体的複体の紹介の話は、次の第7回の前段であるとともに、 第9~11回に予定している単体的複体のシェラビリティー関連の話のための基礎知識提供という役割のためのものでした。

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八森正泰
hachi@sk.tsukuba.ac.jp
筑波大学システム情報系 (社会工学域)