日々の雑感(〜2002.3)
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ふと思い出したのですが、その昔、日経サイエンスではA.K.デュードニーの「コンピューター・レクリエーション」というコラムがありました。
これはマーチン・ガードナーの有名な「数学ゲーム」の後継のようなコラムで、その後イアン・スチュアートの「数学レクリエーション」に引き継がれたのですが、ちょうど中学・高校のころこれにはまってたのでした。
このコラムはプログラミングをして遊ぶための格好の材料を提供してくれていて、マンデルブロ集合とかロジスティック写像の周期解の分岐とかそういう話の紹介記事を見てはBASICでプログラムを組んでわくわくしていたものです。鮫と魚の生態系とかも作って遊んでいました。
ライフゲームもポピュラーですが(「数学ゲーム」の方ですが)、当時「r-ペントミノ」の結末を見るために改良に改良を重ねて高速化の工夫をしたものです。
僕の同世代の人は(情報のソースがどこかは知りませんが)結構そういう系統の題材でプログラミングをして遊んでいた人が多いと勝手に思っているのですが、今の子供達(というか僕より若い人達)はどうなのでしょうか。
本屋にいったら、巷で話題の「ビューティフル・マインド」の原書の翻訳が出ていました。映画を見てみたい気もするのですが、本で読んでもいいかと思って買ってみましたが、読むのはもう少し先のことになりそう。
(2002.3.27)
- 昨日は楽しかったです。松井さん、ありがとうございました。
着々と来週に向けて準備を整えているものの、間に合っているのだかどうだか一抹の不安もあります。
ちょっとした心配事もあるし…。
(2002.3.26)
- 水原紫苑「うたものがたり」(岩波書店) というのを買って読んでいます。
表題の「うたものがたり」のパートは一つの短歌についてそれにまつわるお話(2,3ページ分の短いもの)がつけてある、なんとも幻想的な作品です。
31文字前後の歌から広がる豊かなイメージに圧倒されます。
(2002.3.25)
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僕,よくBruggesserさんのgを一つにしちゃうのですね.一番初めのころに書いた論文で書き間違えてレフェリーに直され,その後注意しているつもりなのだけど,博士論文でも全部統一的にgにしてしまっていたりします.たぶん,そのころはどちらが正しい綴であるかを間違えて覚えていて,注意深く全部間違えたのだと思います….
これを孫引きすることによって間違えた綴が周辺に広まってしまうこともあるのですね.
Bruggesserさん,ごめんなさい.
今日は家の本を荷作り.駒場にいた時に大学に置けなかった数学の本を家に持ち帰り,床に積み上げていたのだけれど,本郷に移った時も面倒でそのままにしていたのでした.
ようやく来月から研究室においていた文献達と合流することになります.
思い起こせば、駒場ではかなり冷遇されていたのでした。
研究生には机も与えられず、メインの研究場所を中村研の計算機室の片隅または自宅に引っ越さざるを得ないかというところで岡本君が学生用の机を貸してくれると言ってくれて、ありがたく貸してもらっていたのでした。
研究生には机はなくてもよいというのは納得のいかないところでしたが、おそらく専攻側としては学生ではないのだから研究生には研究スペースは与えなくても身分だけ保証してあげれば十分、というつもりだったのでしょう。
新しい助手用に学生用の部屋がひとつつぶされたりして、学生用のスペースもかつかつだったようですし。
とはいえ、おかげで、こんなところにいてもしょうがないから早く駒場を出ていかなくちゃ、という気になって現在があるのだから、幸か不幸か、というところでしょうか。
(注:「こんなところ」というのは所属の専攻のことで、研究室のことではありません。)
家の荷物はあと何を荷造りするべきかを考えないといけません.文庫本とかも持っていきたいけど結構な荷物になりそう.未読分だけにするべきか….安部公房全集はとりあえず置いていって,あとでゆっくり送ればいいか….
天の橋立は京都の上の方でしたか。なるほど。近くの大学で研究集会でもやらないかな。といっても、あの辺の大学でしかも離散数学をやっているというところはあるのでしょうか…。
宮島の方は広島大学で何かやってくれると足をのばせるらしいのですが…。
(2002.3.23)
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オフィスからほとんどの荷物がなくなって、あとは細々としたものだけ。しばらくの間文献が手元からなくなって心細いです。
(2002.3.22)
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松島や、あぁ松島や松島や。
ということで、松島に行ってきました。
上の俳句のように感嘆するほどではなかったけれど、多くの変わった形の島々の浮かぶ海はなかなかの景色でした。
初めて日本三景の一つを見物したということで、あとの二つにも興味が湧いてきましたが、天の橋立ってどこにあるのでしょう?
ところで、「黄色い本」がどれを指すかは微妙(?)なところですが、僕が関わっている黄色い本の和訳の続きは来月まで進まない予定です。ごめんなさい。最後まで行くのは5月か6月でしょうか。
(2002.3.20)
- 夜めずらしくテレビで相撲をボーッと見ていたら、霧島が知らない力士に負けていた。
あれっ、と思い、霧島は実は引退していなかったのか、とか、霧島の弟子が早くも幕内で活躍しているのか、とか考えていたら、実は霧島ではなくて「霜鳥」でした。うーん。
(2002.3.19)
- 仙台に旅行。ついでに(?)東北大でのワークショップにも参加。
東北新幹線は「やまびこ」のつもりが実は「こまち」だったり(連結していて乗る場所によって違う)、「MAXやまびこ」というものがあったりしてややこしい。
東北大の情報科学研究科はとても大学とは思えない立派な建物でした。
(2002.3.18)
- 昨日飲み会楽しかった。一応主役ということだったのですが、何か一言とか言われると(いつものことながら)しどろもどろになってしまいます。
僕は何事に付けても表に立つのが苦手なので端っこの方で好き勝手にやっていたい質なのですね…。とはいえ、ありがとうございました。
当日は飲む量をセーブしたつもりだったのだけど、今朝はちょっと宿酔い気味。
今日はアルゴリズム研究会をやっていたので聞いていたのだけど、途中結構眠くてうとうと。
伊藤先生のグラフの埋め込みの話、とても面白かったです。
ダンボール箱がいくつか新たに入手されたので荷作りの続きをしてみたところ、
1年半前に見覚えのある広い机が出現しました。これまでただの物置になっていたのでした…。
(2002.3.15)
- 今日発見したこと:日本橋の三越はJR東京駅からすごく近い所にある。
今まで地下鉄でしか行ったことがなかったので知りませんでした。
まだ完成していない書き物(下のではなくて、数カ月前に書いたもの)ですが、某方面で少し役にたったようでなによりです。早い所きちんと整え直して公開・投稿したいところ。
思えば論文関係は前作を完成させてから約一年が立ったので、そろそろ次作をなんとかしたい頃合いになってきたところではあります。
これ以外に論文にしたい一連のものが実は長いこと眠ったままだったりするのですが、年々論文にまとめる作業が滞りがちになっていくのは何とかしたいところ。これは来年度の課題ということで。
(2002.3.13)
- そろそろいろんなことの期限が目に見える範囲に迫ってきて、まだ余裕はあるとはいえ、間に合わなくて困る夢を見がちになってきました。
というわけでとりあえず記事を書く作業を再開してみました(当初の予定からはだいぶ遅れていますが)。
が、なんだか分かりずらくしか書けません…。
また荷作りも始めてみて、とりあえず手に入ったダンボールに本や書類などを詰めてみたのだけど、まだ2/3以上残っています。
こまごまとした物まで入れるとまだまだ。なんでこんなに物があるのでしょう?
とりあえずダンボールをあといくつか入手しないと…。
(とはいっても、受け入れ先の準備ができないと送れないのだけど。)
(2002.3.11)
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一つ前の項目に「『packing property 』は『被覆性ではない』」、と書いたのですが、packing propertyは「packing = covering」となることだから、という意味でpacking propertyに「被覆性」という訳語を与えよう、ということだったのかな。ということは間違いだと書いたのは見当ちがいでした。
…と書いておいたら、訂正で『充填性』という案が示されていました。なるほど、packingは日本語では充填というのですね。そう言われてみると「充填問題」とかいう呼び名を聞いたことがあるような気もします。
(今日どうしても引用したい詩)
「ほんにおまへもあの時は
此の世の光のたヽ゛中に
立って眺めてゐたつけが……」
(2002.3.7)
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「散族」はやっぱり岡本君の造語でしたか…。
そうかな、とは少し思いながらも、本で見たのかもしれないといろいろ探してみたくらいなので、なかなかそれっぽい、いい感じの訳語だと思います。
「packing property」は「被覆性」ではないのですが(これは昨日の僕と同じ間違いです)、「詰め込み性」? なんかしっくりきませんね…。
「a clutter packs」というのは「a clutter has the packing property」とは異なる概念なのですが、「詰め込める」とかいうのでしょうか。これもなんだか。「パックできる」かな?
ところでこの輪読中に、なんだか簡単な問題を解いてご褒美をもらってしまいました。
あまりに簡単なことだった(しかも池辺さんの提示した例のほとんどそのままだし)ので、もらっちゃっていいのか、と思いながらもせっかくですのでありがたく頂きました。
COMAゼミ再開の折にはお茶代にでも寄付します。
このところマペット放送局の再放送をしているようです(NHK教育で夜中に数話ずつまとめて)。
この番組、本放送時に気に入っていてずっと見ていたのですが、再放送する程度の人気はあったということでしょうか。
実に下らない番組だったので、再放送が見れるとは思っていませんでした。
(2002.3.6)
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今日の輪読はひさしぶりに学生時代に戻った気分でいろいろ教えてもらえた、(個人的に)充実した時間でした。参加されていた方々、ありがとうございました。
あれやこれやで予定時間の倍を使ってしまって、後の担当の方に迷惑をかけている気もします。もしかすると今日ので進み具合の前例をつくってしまったため、今シリーズ全体の進み具合に影響を与えたかもしれません。
予習段階では結局よく分からなかった(正確にいうと、ずっと考えたあげくに分かった気分になったけど、実は分かっていなかった)部分が何箇所かあったわけですが、
そういう点も補足していただいてかなり理解が深まりました。
Polyhedral combinatoricsの基本的な考え方もかいま見えた気がします。
この方面はこれからもう少し力を注いで考え方を身に付けたいです。
(今日はまった箇所みたいに「minimal vectorだから明らか」と一行で書かれているようなところも明らかであることがすぐに納得できるくらいになりたいものです。)
黒板&チョークを本格的に使うのはなかなか久しぶりなのですが、久々に感じるチョークの減り具合に少しびっくり。板書の仕方にはだいぶ反省点も残りました。
これに関して今日の発見:「Aという言明を使うとBであることが示される」という論理構造を板書するときに僕は
と頻繁に書く習慣があるのだけど,この書き方がわかりずらいと思う人がいるということ.
よくは分かりませんが,「=>」は狭義で十分条件を示す(特に必要十分ではないとき)のに使うから論理の流れを示すために同じ記号を使うと混乱する(特に必要十分ではないということを主張していると思ってしまう),ということではないかと思われます.
と書いた方が意味が伝わりやすいのかもしれません.
あと、「packing」と「covering」はやっぱり勘違いしていて、僕がpacking numberだと思っていたのはcovering numberでした。うーん…。記憶力が全然なっていません。というか、調べておけばいいのでしたが…。うろ覚えが一番いけませんね。
ところで「ideal clutter」ですが、「clutter」は「クラッター」でも「散族」(という言葉をどこかで聞いたような気がするのだけど、訳として見たのか訳のアイディアの提案として聞いたのか忘れました。後者っぽい気がしますが…。)でも何か訳をあてるとして、「ideal」の方は日本語でどう呼ぶべきなのでしょうか?
まずカタカナ語から考え始めると、「イデアル」とするとイデアルかと思ってしまってよくなさそうだし「アイディアル」というのもいかがなものか。
で、日本語への訳を考えると「理想的」としたくなるものの、「perfect graph」を「理想グラフ」と呼んでいるところからすると「perfect clutter」の方を「理想的」というべきように思います。感じからすると「ideal=理想的」「perfect=完全」という気もしますが、仕方ないところ。(「perfect graph = 完全グラフ」「complete graph = 完備グラフ」と訳していてくれればよかったのではないかと思うのですが、歴史があるのでいまさら訳を変えられない、という面もあるでしょう。)
で、辞書を調べてみたのですが、「観念的」という意味もあるようなので、これはどうでしょうか? (駄目そう…)
柏原さんの「簡潔な証明ができた」宣言には少なからずショックを受けました。
そういう意見もあるのですね。
でも、こういう記事がでるのが他社の新聞である、というのはどういうことなのでしょうか? 主催紙では対局者への配慮とかがあるから記事を書けないということでしょうか。
(付記:紙面の囲碁欄の観戦記で詳報があるため、ということだったようです。(2002.3.6))
相変わらず書きものは進まず。日々眠気と疲労が蓄積されていく…。
(2002.3.5)
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おめでとうございます。
ごちそうさまでした。
(2002.3.3)
- ロズウェルはこの後うまく話をまとめることが出来るのやら、と気が気でない今日この頃です。
予習進まず。証明が簡潔に書かれているのでその都度考え込んでしまっています。この手の議論(polyhedral theory)は慣れていないせいか、簡単なことを一所懸命考えた挙げ句に簡単なことであることを発見したりしています。これを機にここら辺の感覚も身に付けたい所。
とはいえ、こういう細かい所を考え込んで議論を全部飲み込む努力をするというのが輪読の醍醐味です。逆に言うと、こういうところを詰める努力が出来る程度の進み方・割り当てをしないと輪読は全く無意味であると言えます。
書かれている議論を消化して他の人に説明し、間違った理解をしていたら正してもらう、ということの中から理解を深めるのが輪読の目的といえましょう。一回に進む分量を増やすために証明の細部を飛ばして要約だけ紹介するというようなことなら一人で読んでも得るものは同じで、多人数集まって輪読する意義がないわけです。
ところで、輪読というと「自分の研究に関係のある本を読みたい」派と「自分の研究に直接は関係のない本を読みたい」派がいますが、僕は後者です。全く関係のない本(経済学とか法学とか)を読みたいとは思わないので、これは微妙なところですが、自分の研究に関係する本は一人で読んでいても自ずとしっかり読み込む必要が出てくるので、輪読では少し毛色の異なるところに手を出してみたい、と思うわけです。
ただし、研究に関係ないといっても、面白そうだと思える本である方が好ましいです。
というようなことを書いている暇に解けていない演習問題でも解いておきたい所…。
(2002.3.2)
- 今日もプログラミングできず。(昨日は半日分くらいやった。) なんだかいろいろやることがあるのはどうしてだろう?
最近ちょっと昼間暖かくなることが多くなってきたな、と思っていたら今日から3月になっていました。もう春はすぐそこ、というか、すでに春なのかもしれません。
(昼過ぎに少し寒かったので部屋の暖房のスイッチを入れたら、しばらくしてめちゃくちゃ暑くなってしまい、そ知らぬ顔をしてスイッチを切りました。部屋にいた方々、ごめんなさい。)
(2002.3.1)
- 今日のセミナーは、特にこちらから何かを主張するということではなくて、自分の分からないことを参加者に聞く、という新趣向にしてみました。
参加者にとってどうだったかは知らないけど、個人的には得る所がありました、ということでよし。
(2002.2.28)
- 下のプログラム言語学習と言語学習の類似については、そうではないのでは、という指摘があり、そう言われるとあまり似ていないような気もしてきました。
まぁ、似ているような部分もある、という程度でしょうか。
それはさておき、さっそく今日はプログラミングできなさそうです。明日二日分書けばいいか…。
ところで一週間前の事件があらためて記事になっているみたいですが、当人はどう思っているのかというところが一番知りたい所です。(ここら辺はシリーズが終ってから明らかにされるのでしょうか。)
また、293手目以降も記録係は記録を取り続けていたのだろうか、という疑問もあったりします。
(2002.2.27)
- 今日からの目標:一日一プログラミング。
新しい言語の習得には慣れるのが一番、というのはもしかすると英語などの言語学習とプログラム言語の学習では同じなのでしょうか。
(2002.2.26)
- 久々に休暇をとってのんびり過ごした一日でした。:-)
(2002.2.25)
- 今日は一日中出歩いていて、オフィスにいたのはほんの20分程度。
昼間の韓国料理はとても辛かった。が、とてもおいしかった。
(昨日のロールキャベツ(別の店)もとてもおいしかった。)
今日の最後に思ったこと:Groverのアルゴリズムは難しい。結局よく分からない。今度の木曜日のセミナーはどうなることやら。
(というか、この前担当回があったのになんでもう次の担当が回ってきているのだろうか、という疑問を持ちつつも、次回が最後であろうからまぁ許可。)
(2002.2.22)
- 昨日は加藤君のD論発表を聞きに行ってきました。
思ったこと:
- やはり専門家の見る所は違う。右前にいた二方がかなりするどかった。
- パワーポイントのバージョンには注意しましょう。
博士論文の発表の審査は英語ではdefenceとかいうらしいですが、まさにそのような攻防が見られました。とりあえず無事に守りきったようで、よかったです。おめでとう。
上の二つ目の点について。
パソコンとプロジェクタを使った場合、途中で画面に書き込みをすることができないのはちょっとした難点かもしれない。
OHPの場合、見えづらい箇所や間違いが発表中に発見された場合、ペンで書き込みをすることによって補うことができます。できればこういうことがパソコン上でも簡単にできるようなシステムを作って欲しいですね。
逆に言うと、OHPで発表する場合には必要なときに書き込みができるようにペンを用意する習慣をつけるとよいと思います。
(が、実は書き込みは結構慣れていないとむずかしくって、自分はよく失敗したりします。)
とはいえ、楽しかったけど何だか大変な一日でした。お疲れ様でした。
(もしかして誰かに迷惑をかけていたらごめんなさい…。)
(2002.2.19)
- またまた昨日の続き。改良してみたらかなりスピードアップした。
(2002.2.16)
- 昨日の続き。前の版にもバグがあって、直した。
(2002.2.15)
- 昨日のプログラムについての感想はとりあえず間違いだったっぽい。
ということで改訂版を作りましたが、それはそれとして段々何がなんだかわけがわからなくなってきて、何が正しいのかよくわからない状態です。もしかするとバグがあるかもしれない。
…→とりあえずh-vectorの評価をきちんとすれば合っているらしいので、その分は修正。
あとは今まで使っていたい古い関数にバグがあるか分かれば一応解決か。
(2002.2.14)
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なんか書いていたプログラムに使っていた処理(結構な部分)が実は全く不要だったっぽいことに気づき衝撃を隠しきれない。
昨夜、ちょっと関数を呼ぶ順番を換えたらとても早くなって、なるほど、と思っていたのだけど、そういうことも全く意味がなくなってしまった。
最近ここのwebサーバーが反応しないなぁ、と思っていたらクラッシュしてしまっていたのですね。ご愁傷さまです。
自分のファイルはまめにバックアップを取りましょう。ということでバックアップ開始。
そういえば最近周辺でクラッシュが続発しているような気がします。
(2002.2.12)
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「…
みんな歌なんぞ聴いてはゐない
聴いているやうなふりだけはする
みんなただ冷たい心を持ってゐて
歌なぞどうだつたつてかまはないのだ
…」
(2002.2.10)
- 何だか過労気味。
(2002.2.9)
- 本格的な方の雑用に手を付けはじめた。こんなゴミみたいな書き物仕事なんかしてたら研究する暇ないなぁ。まぁ、いまさら研究に精を出してもしょうがないということか。
とはいえ、研究意欲が非常に高まってきている今日この頃。こういう時にこそ研究が進むというもの。
研究しないといけないときには雑用が進み、雑用しないといけないときには研究が進むというのは世の常です。
キャンパスで大学の囲碁部の後輩に偶然に会った。久しぶり。来年度も残ることになったそうで、大変ですね。頑張って下さい。この1年半、キャンパスでばったり会うことがたまにあったのだけど、これからはそういう機会もなくなるんだろうなぁ。少し寂しい。
(2002.2.8)
- なんだか雑用のうちに無為に日が過ぎていっている気がする。しかもその雑用も進み具合が芳しくない。うーん。
とはいえ、今月・来月はいずれにせよ雑用にあけくれる日々になるのでしょう。
(2002.2.6)
- 一つの時代が終った、という感があります。
(2002.2.5)
- 「ブルバキ・クローン作戦」(カール・ジェラッシ著、講談社)という本(小説です)を数日前に書籍部で発見して即購入(といっても最初は所持金の関係で買えず、足を運び直して買ったのですが)、昨日読み終りました。なかなか面白かった。
研究の目的、特に共同研究というものについて改めて考えさせられました(というか反省をうながされたというか…)。
暇な方は読んでみるとよいかも。お勧めの一冊です。(注: 私が暇人ということではありません…。)
(2002.2.3)
- 東大における離散数学の拠点といえば教養学部広域科学科/総合文化研究科広域科学専攻…らしいです。
いつのまにそんな一大勢力を誇るグループになっていたのだろう?
というか、広域科学科が離散数学の拠点であることを広域科学科は知っているのか?
参考ページはここ。
(2002.2.1)
- 昨日はCOMAゼミ今年度最終日でした。皆様一年間お疲れ様でした。
松井泰子さんの話はMarkov chainのmixing timeを評価するpath coupling法というのの紹介&新しい結果。このpath coupling法(Aldousという人が考えたらしい)というのは素晴らしいですね。あと、松井知己先生がちょっと解説をしてくれた後に余談でcouplingという概念について話してくれて、これも興味をひかれました。
(2002.1.31)
- 「組合せ」・「組み合わせ」という表記はきちんと使いわけの方法があるという話を聞いたことがあります(たしか、前者が名詞的な場合で後者が動詞的な場合とか)が、「組合わせ」とかいう見かけない表記をしようとするとFreeWnnだと変換してくれないです。
市販のFEPだとそういう表記が候補に出てくるものもあるのでしょうか…。っていうか、必要ないですけど。
ところで、春日駅の近くに「セイフー」というスーパーがあります。
これがどうみてもダイエーにしか見えないマークを掲げているのですが(たぶん系列店)、「西友」と発音が似ているのが面白い所。
つまり、赤羽駅の近くには西友とダイエーが向かい合わせで建っているのですが、ここでは一店舗で両方を兼ねてしまっているわけです。
(2002.1.29)
- xfigで図形のグルーピングができないとか言っている方がいますが、できます。「Editing modes」の一番上二つがそれ(左がグループ化、右が解除。バージョンによって場所が違う可能性があるが、Sと□と○とTが書いてあるボタン)。
グループ化はマウスの左ボタンで一つずつ指定/真中ボタンでまとめて指定し、右ボタンで選択したアイテムをグループにまとめます。
ちなみにグリッドも数種類(+無し)選べ、制御点をおくグリッドも数種類(+無し)選べます。
ところで、このページは折に触れて思った一言を書き留めて置くものだったのですが、最近どうも冗長になっています。これから徐々に元のペースに戻していきたいところ。
ついに手続きが進み始めた模様。新しい展開に不安も持ちながら、期待の膨らむ今日このごろです。
「家から駅までの経路のなかで、どれを選ぶと最短か」というのはshortest path problemのことでしょうか?
本を見てみるとFord-BellmanのアルゴリズムでO(nm)で解ける(もっと改良したものもあるらしい)とか書いてあります。O(nm)とか言われると「簡単に解ける問題」と思ってしまうのですが、この程度のオーダーでは満足できないほどサイズの大きい問題を扱っていて、もっと早くしないといけない、というような問題意識の方々もいるということでしょうか。
(2002.1.28)
↑しまった…。コストが全部正だから簡単だという指摘が…。
そうでした。Dijkstra法で単純にやってもO(n^2)でした。うーん、初歩的なことをいろいろ忘れている…。勉強しなおさないと。
ところでThorupのO(n+m)ってどうやるんだろう…。暇があったら調べてみたい。
(2002.1.29 付記)
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またプログラムを改良してみた。以前より格段に早くなった(10倍くらい)。ちょっと工夫するだけでこんなに早くなるとは…。
まぁ、おもちゃのつもりで書いてるものだからそんなものでしょう。とはいえ研究上便利な道具ではあると思うから、この調子で地道に改良して行きたいところ。
(2002.1.27)
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昨夜妹が誰かから電車占いなるものを聞いたというので早速やってみました(妹が携帯でやってくれたのでURLなどは不明)。
結果…丸の内線タイプだそうです。核心を捉えるのが得意・インテリタイプ・人を見下しがちなのだそうです。そんなに見下さないと思うけど…。
昨日のセミナーについて。
昨日は量子計算セミナー第1回で、メンバー3人(4人中)の他に3人ほどの参加者もいた。
僕の担当だったが、下にいろいろ書いているわりには準備がいい加減で、いろいろ不備があった。が、これは informal seminar ということなので、むしろこういうのがよいのだということに勝手に解釈する。
結構ホワイトボードの使い方もなっていなくて、途中でどこに何が書いてあるか分からないようなことになってしまい、反省。ただ、これはセミナー用でない部屋でやったため、小さなホワイトボードしかなかったためである。
少なくとももう一つホワイトボードが欲しい所。できれば次回は他の部屋から運び込みたい。
とはいえ、参加者がみんないろいろ質問・意見を次々と出してくれ、それにそって話の順番を並べ替えたりしながら進めることができ、自分の考え違いみたいなことも分かって結構得る所のあるセミナーだった。かなり中村研のセミナーに近い雰囲気で、なかなか満足した。
話の主題は quantum counting (Brassard-Hoyer-Tapp(-Mosca)が提案したcountingのための量子アルゴリズムを指す) は古典アルゴリズムより効率的だと言っていいのかどうか、または他に量子的な仕組みを使って本当によかったと思えるようなアルゴリズムはできないのか、というようなこと。
つまり、若干(√くらい)計算時間のオーダーが減るくらいの些細なことのために汎用性を犠牲にしてしまっては意味がない(使えない)ので、普通のMonte Carlo法に比べて汎用性があるのかないのかということが問題。
結局、疑似乱数とか確率とかは扱いが結構微妙な面がある、ということ。
最近、いままでになく本をよく読んでいる(研究のでなく、普通の本)が、読み終っていくスピードよりも買う本の量が微妙に多いらしく、徐々にこれから読むつもりで積んである本の量が増えて来ています。本屋に足を運ぶ回数を減らさないといけないかも。でも、本ってうっかりしてるとすぐに廃版になって手に入らなくなるから面白そうだと思った時に買っておいた方がいいんですよね。
これは学術書でも同じで、良書なのに廃版のため入手不可能な本がたくさんあります。
昔、安部公房にはまっていた頃、「石の眼」という文庫が廃版になってしまい、入手するまでに7,8年かかった苦い思い出があります(その前に図書館での全集で読んだのですが)。
この作品、すごく面白い&読み易いのに何で廃版にしちゃったのでしょう…。
そういえば高橋たか子の「荒野」というのを買って、積んだまま2,3年経ってから読んだら感動したんだけど、そのころには実は廃版になっていて、運がよかったと胸をなでおろしたこともありました。
ところで、本をたくさん読んでしまうのは常にそうなのではなくて、時々そういう時期がくるという感じなのですが、外から見てると一見読書に時間を費やしてしまって仕事がおろそかになっているのではないかと思ってしまう人もいるかもしれないのですが、実は逆で、研究がのって来ているときほど本を多く読みます。
理由としては
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頭の活動が活発になってきていていろんな刺激を求めている、
-
研究がのってくると、それだけ行き詰まることが多く、気分転換(i.e.,逃避)の必要性が多くなる、
などが考えられますが、その真相は未だ闇の中です。
ところで、関西で本屋に行くとどういうわけか文庫本が著者のアイウエオ順で出版社に関係なく並べてあることが多いです。東京では出版社別に分けられていて、その各出版社の中で著者別になっているわけですが、これは何でなんでしょう? 出版社に関係なく著者別で全部分けてあると探しやすいのですが、出版社別になっていると目当ての著者の本をいくつもの棚で探せるため、探す楽しみを何度も味わえるのでこっちの方がよいと思います。(見つからなかった場合、他の棚にあるのではないかという疑念が捨て切れずにあちこち探し回ることになりますが。)
そういえば、文庫本の後ろ(カバーの裏表紙につながっているところのぴらぴらの所)によくその著者の他の作品一覧リストがついていますが、今日買った本には「人生を考える本」というリストがついていました。変な本を買ってしまったかも…。
(2002.1.25)
- OHPシートについての続き。
よく、下半分を紙で隠して、話が進むごとに情報を開示していくやりかたをする人がいますが、これは好きではありません。なぜかというと、隠されている所が見えないから。
というか、見えないように隠しているわけですが、OHPの場合、シートを交換されると前のものが見えなくなるわけですから、出来るだけ長く情報を見せて欲しいわけです。シートの一番下に重要な式が書いてあるのにずっと隠されていて、最後の一瞬だけ見せてもらうだけでシートを交換された日には悲しくてしょうがありません。
…といいつつ、自分でも極たまに隠します。
ノートパソコンでPowerPointなどを使う場合には紙で隠す人はいませんが、アニメーション的に隠す人はいますね。また、ページをめくるのが楽なためか、バタバタとページをめくられ、1ページに書いてある分を読み切れないこともあります。これは特に注意してほしいところ。
OHPの場合時々2台会場に用意してくれる場合があり、シートを置いておける時間が長くなるため、これは非常にうれしい配慮です。
(自分の博士論文の発表のときは部屋にスクリーンが一つしかなく、学科が移動式スクリーンを持っていないという状況だったのですが、どうしても2台使いたかったため隣の学科から移動式スクリーンを借りてきたりしてとても苦労しました。)
が、2台の使い分けはどうすれば聞き易いのかよく分かっていないので、自分ではうまく使えていない面もあるかもしれません。
ノートパソコンをプロジェクターにつなぐ場合、技術的に2台同時に使うのは難しそうですが、ディスプレイ用のケーブルが二つついていてどのケーブルにどの画面を表示させるかを指示することによって二つのプロジェクターを使いこなせるようなノートパソコンの登場が待たれます。
また、シートを縦に使うか横に使うかですが、横に使うと後ろの方からも見易い、という意見がありますが、横にした場合、レイアウトをうまくしないと1ページに書ける内容が
少なくなりがち、という欠点があります。これは上の話と関連していて、できるだけ長く情報をOHP上に置いておきたいと思うと、できるだけ1枚に多くの情報を書き、1枚に少なくとも2〜3分くらいは使いたいわけです。ただし、横置きでも面積は同じなので、きちんとレイアウトを工夫すれば同じくらい書けるわけで、それが出来ればそれに越したことはありません。
ちなみに自分はいつも縦置きですが、下の方を説明する時にシートを上にずらさないといけないことがあって困っています。
縦置きなのは昔一時期TeXで作っていた時があって、横置きにしたときに出来がちな右側の余白に絵を書くというようなことが困難だった(やれば出来るんだけど、かなり面倒)ため、という歴史的経緯で。今となっては手書きだから横置きも困難がないとは思うのですが。
1枚に多くの情報を載せておくといっても、もちろん詰め込み過ぎはいけません。読めなかったら情報が書いてあることにはなりませんから。
ところで、今日は自分が発表する日でもありますが、時間がないため、資料は先月別のところで発表したに何枚か付け加えて作り、話の構成もあんまり見直していないので、うまくいかないかもしれません。今日セミナーにいらっしゃる方々、ごめんなさい。
(2002.1.23)
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今日はなんとも天気のよい小春日和です。
「また来ん春と人は云ふ しかし私は辛いのだ…」
ところで、
岡本君のところで早速下の項目についてきびしく反論されていますね…(2002/1/21の日記)。
どうやら看破されてしまっているようなので正直に告白すると、下の項目に上げてある諸「理由」の大半はこじつけです。ごめんなさい。基本的に宗教みたいなものですね。
Unix,Windows,Macのどれがいいかとか、viとemacsはどっちがいいか、みたいなもので、あらかじめどれがいいか自分の中で決まっていて、それにあわせて理由を考えることになります。(ちなみに僕の場合、unixでviを使ってX windowのウィンドウマネージャはtwmでないといけないことになっています。Unix系でもCDEやGnomeなどはだめです。)
とはいえ、ところどころ意見の一致している部分もあるようですね。
結局、発表は場合にあった方法で分かりやすく・意義のあるものになるように努力しましょう、ということでしょう。
ちなみにxfigに直接LaTeXソースを張り込む場合、大きさ・位置の調整は確かに面倒。
そういえば、岡本君の日記の中に「OHP(トランスペアレンシー)」と書いてある部分がありますが、そうなんですよね。ついシートのことを「OHP」と言ってしまいます(例えば下の項目でも所々…)が、OHPというのは映写する機械の方のことで、シートは「トランスペアレンシー(transparency)」といいますね。外国の方と話す時には注意しましょう。
日本語ではOHPシートとかOHPフィルムとかいうようですが、OHPという人が一番多いと思う。
(そういえば「トラペ」とかいう人もいたかもしれない…。)
(2002.1.22)
- xfigを使いましょう!
TeXで文書を書くとき、絵のEPSファイルを作るのにkdrawやidraw(これらは一昔前か)、
tgifなどを使う方が多いようですが、xfigはもっとよいツールです。
どのくらいよいかというと、
- テキストをTeXのソースで埋め込むことができ(ただし純粋なEPSではなく、EPSとLaTeXピクチャー環境の混合として出力)、数式などをきれいに張り込むことができる。
- 画像ファイル(JPG, GIF、など)を取り込むことができる。
- 多彩な形式への変換が可能(transfigを利用)。EPS, PS, GIF, JPEG, PNG, LaTeXピクチャー、などの他、メタフォントのソースにも変換できる。(ただし、LaTeXピクチャーやメタフォントの場合はいろいろ制限がある。)
などなど。
国際化対応でコンパイルされていれば日本語も入力可です。
(慣れないといろいろ微妙に使いずらい所もある(線の太さの設定など)、ということは入門者には内緒。)
僕は修論を書いていたとき(1996-7頃)に、お気に入りの教科書の序文に「絵はxfigで書いた」というようなことが書いてあった影響で使い始めた(当時はバージョン2.1くらいで、現在よりはるかに使いにくかった…)のですが、その後の普及活動も浸透せず、孤独な日々を送っていました。
が、最近周囲でもxfigを使ってみようという人々が徐々に現れてきたようで、頼もしいです。
xfig 万歳!
ちなみに、「発表は手書きのOHP」運動は未だに周囲に浸透しません。
手書きのOHPがどのくらい優れているかというと、
- (丁寧に書けば)とても見やすい。微妙に字体にゆれが入るのが刺激になるためか、PowerPointやTeXより眠くなりにくい(と思う)。
- 軽い。手書き用のOHPシートはゼロックス用やプリンター用の物より断然うすく、20枚30枚と用意すると重さの違いにおどろくばかり。
- 安い。手書き用のOHPシートはゼロックスやプリンター用にくらべて格段に安い。
- 油性ペンで書いても修正ペンを使えば消すことができ、発表前日に宿で直しを入れることも簡単にできる。(まぁ、これはノートパソコン持ち込みのPowerPointなどでもできますが…。)
- たくさん書くのは疲れるので枚数が抑えられがち。自然とコンパクトにまとめられることになる。
などなど。
一番目の項目に関して、「書き方がひどいと文字すらよめないくらい見づらい」という欠点も上げられますが、それはTeXでもそう(フォントの使い方が間違っていた小さ過ぎて読めないことがある)。
PowerPointで文字が読めないということはないようだが、アニメーションに気をとられているうちに次のページに進んでしまう、ということはある。
また、三番目の項目に関して、PowerPointなら0円、という意見もあるかもしれないが、ノートパソコンの初期投資も含めれば高くつくはず。手書き用のシートが100枚1500円くらいなので、安目のノートパソコン15万円として、10000枚のシートが買える。このくらい書き終るころにはノートパソコンも買い替え時であろう。
偏見かもしれないが、PowerPointでなされる発表は、箇条書でお題目みたいなものが列挙されているだけの空虚な発表になりがちなように思う。数式やちょっとした細かい説明を入れるのが面倒なためではないかと睨んでいるが、自分でPowerPointの資料を作成したことがないので推測の域を出ない。
もともと企業などでのプレゼンテーションで使われることが想定されている(と思う)ので、そういう空虚な発表をしやすいように設計されているのかもしれない。
黒板が一番、という方々も実は結構いるが、黒板でうまく発表するには結構な練習をしないとうまくいきません。時々セミナーなどで板書がちゃんとできない(中途半端にしか板書しない)人がいますが、そういうのは全然だめです。
が、きちんとした黒板発表は僕も最も聞き易い発表だと思うので、ちゃんとした黒板発表をされる方には手書きOHPの負けを認めます。
さらに補足すると、研究室レベルのセミナー発表でOHPやPowerPointを使うのは論外(黒板などを使ってやるべき)です。これらは定まった時間内で内容を大まかに伝えるための道具であって、表示される内容があらかじめ決まっているのでは研究室レベルのセミナーで期待されるような細かい議論が出来得ません。
(例えば、書いてある式が間違っている時に、直してみて「これでいいんでしょうかねぇ…、うーん、うまくいかない…」という感じに進むのと、「あっ、違うみたいですね、後で直しときましょう…」と進むのとの違いですね。)
(とはいえ、そういうおおまかなお話を聞くことを目的にしている場合もあるかもしれないので一概には言い切れませんが…。例えば理論研究でない場合など。)
(2002.1.21)
- 久々にプログラムを改良してみた(ver 0.4)。(2002.1.17)
新しいルーチン(shellability_b)はなかなか早いようです。が、効率の悪い計算をしている部分もあるような気がするので、もうちょっと効率がよくなるようにいずれ暇を見て改善したいところ。(2002.1.21)
- 世の中おかしなことが多々あるが、あまり気にしないようにしたい今日このごろ。
とはいえ、こんなことを見過ごしていいのか、というようなものもある。
例えば、このページの中で「順序の発見」問題なるものが出てくるのだけど、自社の研究チームの成果を紹介する記事でこんな間違いをしていていいのかなぁ。新聞記事で素人記者が専門用語の訳語を調べようがなくて間違える、というのならまだ笑って見過ごしてもいいような気がするが…。
(専門用語なのだからその方面を調べれば分かりそうなものだけど、素人には何が専門用語か分からないことが多々あるのですね。)
…と書きつつgoogleで調べてみると、「順序の発見」「順番検出」などと書いてるサイトが他にもいくつかあります。ニュース情報で元ページの孫引きで間違えたっぽいですが、もしかするといずれ量子計算関係者はみんな「位数」のことを「順序」と呼ぶのが常識になるような時代がくるのかもしれません。それはそれで笑えるからいいかもしれない。
(2002.1.17)
- 今日、ちょっと用事が予想より早く終ったため、出先からオフィスに戻る途中で秋葉原で買いもの。
ついでにマイマシン用のメモリが手に入らないか何件か回ってみた。
このマシン、2年ほど前に秋葉原の小さいショップ(今はない)で買った非常に小さいPC。
(共栄繊維という会社が「Knet 5」という名前で輸入・販売していた
Flytechの「Net PC NC3」というモデル。
今Flytechのページにある機種より型が古く、Socket 7でK6-2/300なんかを載せている。ベースは(たぶん)66MHz。外見もだいぶ違う。)
メモリは64M×1だけ積んでいて、購入後にメモリを増設しようとしたところ、スペースがせま過ぎるため、
規格は普通の168pin SDRAM/DIMMのくせに背の低い特殊なものしか入らないことが判明。
しかし、マシン購入時にかなりトラブルがあった(納入予定日から3カ月遅れた(しかもこちらから問い合わせないと遅れているという知らせをよこさない)上、最後のころは問い合わせへの対応もよろしくなかった)ため購入店に相談する気になれず(にいたらいつの間にか店がなくなっていた…)、
ずっと我慢していたのだけど、時々PCショップのメモリのショーウィンドウを覗いては
背の低いものがないか探してみていたのです。
今日、ようやくサイズが合いそうなメモリを発見。KINGMAXとかいうブランド(?)のもの。
しかし、記憶ではPC66の64Mのみサポートだったのだけど、売っていたのはPC133の128Mと256M。
かなり迷ったが、もしかすると128Mだったら認識してくれるかもしれない(マシン開発当時に128Mのメモリが出ていなかったから書いていなかっただけという可能性がある、マシン購入時にはすでに128Mのメモリは出回ってはいたが…)とか思い、
捨て金のつもりで試してみることに。
ドキドキしながら差して見たら、若干背が高かったがどうにか収まり、運のよいことに認識もばっちり。
一気に192Mまで増えました。
(256Mで試してみた方がよかったかと少し思うが、欲張り過ぎて痛い目に合うよりはよかったか…。)
どうせLinuxを動かしているので64Mでも問題ないんだけど、ときどきC++で書かれた
プログラムでコンパイル時に異様にメモリを食うのがあって、例えばpolymakeなんかは
メモリ64Mのマシンではコンパイル不能でした。(他のマシンでコンパイルして持ってくる分には問題無しだが。)
あとこのマシン、博士課程最後の1年間+研究生の半年の間、kusmitschという名前で僕の個人的作業はもちろんのこと、発足当時のCOMAゼミ用のwebサーバー&MLサーバーとしても活躍したマシンで、博士論文もこのマシン(と家のマシンと半々)で書いたし、とても愛着があるんですね。
これがメモリ不足であまり使えないというようなことになると残念至極なので、
今回のメモリ増設のおかげでまだまだ使えると思うと嬉しいです。
(CPUが現在のレベルでは遅いんだけど、まぁ満足できる範囲だからこれはOK。)
ところでこのマシンの名前「kusmitsch」は、当時から「長過ぎる」「打ちずらい」「覚えにくい」と不評でしたが、名前の由来はリルケの「マルテの手記」に出てくるニコライ・クスミッチュという人の名前です。
途中で挿入される話の一つに登場するだけなので、読んだことある人でも名前だけでは思い出せないかもしれませんが、人生の残り時間をすべて秒に換金した人、と言えば読んだことがある人なら分かるでしょう。
これは非常に印象深い挿し話で、安部公房の未完の短篇「名もなき夜のために」(『夢の逃亡』所収)でもこの部分が取り上げられています。この「名もなき…」自体が「マルテ…」に触発されて書かれたもので、主人公が本屋で売っている「マルテ…」を全部買い占めようとしたりします。(僕はこっちを先に読んで「マルテ…」という作品を知ったのですが。)
(2002.1.15)
- どういうわけか宮部みゆきなんかにはまっている今日このごろ。…と思っていたらこの人、年末には司馬遼太郎賞とかいうものをもらったらしい。この手の「XXX(作家の名前)賞」っていうのは全部で何種類くらいあるのだろうか?
とはいえ、「火車」は大傑作でした。ミステリーと呼ぶにはもったいないくらい。(と書くとミステリーファンに怒られるか。)
先週買った量子の教科書に乱丁が発見されてしまった。早く交換してもらいにいかないと。と思っていたら、夜は輪読の打ち上げの新年会。すっかり忘れていたけど石関君が呼びに来てくれたので参加できた。あやうく本屋に出かけてしまうところでした。新年会、楽しかったです。(2002.1.7)
乱丁本は無事に交換してもらえました。(2002.1.8)
- もしかして今日は休みだったのだろうか。まぁ、どっちでもいいか。(休みではなかった。)
新年からユーロに切り替わるというニュースを年末にテレビで見てかなりあせりました。
というのは、ドイツマルクのTCを結構な額持っていたからですが、今日銀行に行ってみ
たら無事に日本円に換金できました。一月いっぱいまで換金可能とのこと。
臨時収入が入ったので量子情報・量子計算の教科書購入。
今まではオフィスにあるからいいやと思っていたのだけれど、
いずれ自分で持っている必要がでてくるだろうということで。(2002.1.4)
- あけましておめでとうございます。(2002.1.1)
- 仕事納めで昼間から幾莫か飲む。その後Hwangさんと対決。1勝1敗。良くなってもつい無理をして悪くしてしまう。家に帰ってから盤に並べてみて、これを負けるとは、と少し反省。画面上では見え方が違うから、とちょっと言い訳。夜は中村研の忘年会。楽しい1日だった。(2001.12.28)
- 龍谷大楽しかった。
また確率的方面に興味が出てきたかもしれない。
整数多面体方面も面白そう。
しかし四人将棋とはまたなつかしいネタを聞いてしまいました。
夜レッドドワーフ号をやっていたのには困った。毎晩見てしまってちょっと寝不足。
- 発表準備に苦吟。論文に書くときの分かりやすさとトークの場合の分かりやすさは別物。
組合せ的な議論を分かりやすくOHPにするのは難しい。
カプスーチンなかなかよい(←友人に教えてもらった。これはかなりの収穫。)
曽根麻矢子もgood. あとアルヴォ・ペルトもいい。
(2001.12.17)
- 京都から帰って来たと思ったら来週は火曜日からまた京都へ…(正確には滋賀だけど)。(2001.12.15)
- 先日筑波に出かけた時、なぜか違うバスに乗ってしまい、訪問先の先生に
車を出してもらったりしてしまいました。
実は先月熊本に出かけた時もバスを間違えておかしな所にいってしまったりして
います。バスは乗り慣れていないので気を付けないと。
そういえばこのまえ短篇集だと思って買って、一話読み終えてみたら長編の第一章
が終った所だった、というようなこともあったから基本的に集中力不足になっているのかもしれません。
この秋は読書の秋ということで読書熱が高まり、いつになく多くの本を読んだ
気がしますが、イージーな読み物(下らないエッセーとかも含む)の割合が高かった
のはやはり集中力の関係でしょうか。
本は基本的に短篇集が好きなのですが、これは早く一区切りつくと思うと気軽に読み始め
られるからです。が、一話読み終るとすぐに次の話を読みたくなって、
一気に一冊終ってしまうことが多いので、実際は長編でも同じだったということになります。
詩集や歌集は途中から読み始めて途中で終っても問題ないので結構お手軽でよいですね。
(2001.12.10)
- 今日はいいお知らせがありました。
うまくいかない日々が続いても、その分いいことが降ってくることもちゃんとあるのですね。
そういえば、今日初めてSuicaを使用してみました。なんのトラブルもなく
改札を通過できました。なかなか楽しいです。(2001.11.28)
- イオカードを買い替えるにあたり、Suicaなるものを買ってみました。
その昔JRで自動改札が導入されたときに匹敵するわくわく感ではないでしょうか。
とはいえ、まだ使っていません。早く使ってみたいと思う反面、ちゃんと機能するのかドキドキもします。はじめは改札がすいている時に練習してみたいところです。(2001.11.26)
- しし座流星群、今年はたくさん流れてました。見ているそばから
次々と流れていく感じで。
だからといって1時頃から3時半頃まで延々と眺め続けているのも
どうかとは少し思いつつも、凍えながらぼーっと見ていました。
(2001.11.19)
- 半年ほど前(だったかな?)からドクターグリップの太いペンを
使ってみていて、今まで異常に高かった筆圧が下がって手の疲れ方が
減った気がしていたのですが、最近慣れてきたのか、この太いペンでも
高い筆圧で書くことができるようになってきました。
(2001.11.15)
- ちょうど見ていた本に「モデュラー」と書いてあったのですが、
これは明らかな発音の間違いなので、やはり通常の「モジュラー」
がよいのでは? (「モヂュラー」の方が正しいのか?)
(以前から「モデュラー」の存在の噂は聞いていたが、
今までもよくぱらぱらと読んでいた教科書に使われていたとは気づかなかった。)(2001.11.9)
- なんとなく組合せ論の歴史の記述を眺めていたら、
「The subject of graph theory originated with Euler's solution
of the Konigsberg bridge problem, which asks for a route crossing
each of the seven bridges of Konigsberg just once.
On 26 August 1735, Euler presented a paper to the St. Petersburg
Academy of Science, proving that the problem is impossible, and showing
how his method can be extended to any number and arrangement of islands
and bridges. 」
だそうです。なんとグラフ理論の誕生日は僕の誕生日と同じでした。(2001.11.9)
- 「仮眠に停電」
夕方帰宅前、あまりの疲労に少し睡眠を取って体力を回復してから帰ろうと
思ったら睡眠中に停電が起こって、あたふたとしている内に帰りが遅くなって
しまうようなこと。目前の利益に目がくらんで大局を見失うの意。
(丹羽さん、様子を見に来てくれてありがとうございました。)(2001.11.8)
-
今回の龍谷大学の研究集会、面白そうなタイトルがたくさん並んでいて
期待大です。(2001.11.4)
-
<何も語らず何も願わずわれとわが 貧しき夢と君のほかには>(福島泰樹)
すごくいい歌ですね。この他気に入っているのは、
<なにもかも悲しかりけり苔も水も日陰も岩もうつむく君も>
<青春はまこと砂漠の花ならん渇きながらに咲く花であれ>
「渇きながらに咲く花」というのがなんとも。 (2001.10.22)
-
こういう立派な
発言には多くの人に耳を傾けてもらいたいものです。(2001.10.17)
(野依さんのインタビューの記事のこと)
-
「他の人のホームページを見るのって楽しいですよね」同感です。
とはいえ、アボガド納豆はいかがなものか…。(試したことはないけど。) (2001.10.15)
-
ジプシーキングズの新しいアルバム(Somos gitanos)はなかなかいいですね。(2001.10.5)
-
不可能なことは出来ません。(2001.夏)
-
パコ・デ・ルシアは大感動でした。特に2曲目のブレリアスがすごかった。(2001.5)
-
一、二年前には計算量が爆発して計算できないと思っていたものが、
いつのまにか何もプログラムを書き直していないのに(世の中の進歩によって)
計算できてしまうことがある。果報は
寝て待てということか。
(というようなことを言っていると怒られるのだそうです。アルゴリズムは日々改善
していかないといけません。)(2001.春)
-
アルゴリズムは「efficient」であったり「inefficient」であったりするもので、
「fast」であったり「slow」であったりするものではないのではないだろうか。(2000.冬)
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