離散数学・組合せ論の分野に興味を持った学生に,さらに進んで読 んで欲しい本として,いろいろ迷いつつ,本書,J.マトウシェクの 「離散幾何学講義」を選んでみた.
本書で扱われるのは幾何学的状況を対象とした組合せ論である. 例えば,平面上にn個の点があるとするとき,平面上の点xを,xを 通る任意の直線に対して両側に少なくともn/3点ずつある(線上も含 む)ように選ぶことができる.これを高次元に一般化すると,R^d中 にn個の点があるときに,空間中の点xを,xを通る任意の超平面に対 して両側に少なくともn/(d+1)点ずつあるように選ぶことができる, という形になる.これは,本書1.4節で『中心点定理』として紹介さ れているが,この主張は「n≧d+1とするとき,R^d中のn個の凸集合 のうち,どのd+1個の交わりも非空であるなら,n個全ての交わりも 非空である」という「ヘリーの定理」を用いて一瞬で証明される. 鮮やかな論法が心地よい.
本書ではこのような空間中の点集合の他,直線,超平面,凸集合, 凸多面体,などの幾何学的対象がどのような性質を持つか,どのよ うに配置され得るか,どのような交わりを持つか,というようなこ とが議論の対象となる.本書の扱う離散幾何学,もしくは,幾何学 的組合せ論,はそれ自体面白く,また,豊饒な分野である.本書は この幅広い分野から幅広く題材が選ばれ,それぞれがっちり紹介さ れているので,この一冊があればこの分野に深く親しむことができ る.各所で組合せ論の議論の面白さも,幾何学的アイディアを使う 独特の面白さも,感じることができるだろう.さらに,各節に「文 献案内と補足」として,関連する話題や先の研究が紹介されており, 本格的な研究への道標べにもなる.本文だけでも400ページを越える 大著で,本書が日本語訳で手に入るというのはたいへん好運なこと であり,訳者に感謝である.
離散数学・組合せ論のアドバンスドな推薦書籍として紹介する本 として,本書以外に迷った本が他にもいくつかある.1つは,Z.M. ツィーグラー「凸多面体の数学」(丸善出版).これは本書にも登 場する凸多面体を詳しく扱う書である.(私と本書の訳者の岡本氏 の共訳です.)もう1つは,リチャード・スタンレイ「数え上げ組 合せ論I」(日本評論社).こちらは数え上げ組合せ論,つまり, ものの個数を数えることを主題として展開される組合せ論の分野の 名著である.残念なことに,この訳書は現在入手困難であるが,原 著(R.P.Stanley, Enumerative Combinatorics Vol.1, Cambridge University Press)は第2版が出版され,初版以降の進展を取り 込んでかなり増補された.興味のある読者はこれらもぜひ手に取っ てみて欲しい.